アメリカ観光の盲点(3):政府閉鎖が止まらない !?

<写真上:ある日のWashington DC。ホワイトハウス前の16thストリート。>

タイムリーな話題なので、ちょっと急ぎ足でブログネタにしている、シリーズ”政府機関閉鎖”問題。
アメリカの予算が可決しないことによって、政府機関閉鎖という事態が起こり、これによって観光施設が閉鎖してしまうことを前回、前々回のブログでちょっと説明してみました。

このブログ執筆時点で政府機関閉鎖は3週間をむかえ、政府機関閉鎖の史上最長記録に並んでしまいました。観光施設だけでなく、アメリカの空港のセキュリティー職員へも影響が出始めており、このまま行くと空港も保安検査が進まず大渋滞なんてことも。他のセクションへの影響も出れば、いよいよ国民の生活に深刻な影響が出始めます。すでに閉鎖対象となった政府機関職員の給与未払いも発生しています。

今回は、このような事態に発展してしまう”アメリカ議会の仕組み”について、できるだけ簡単に説明してみたいと思います。

そもそも、もっと前に解決できなかったの?

今回の要因は、トランプ大統領がメキシコ国境の壁建設予算を強烈に求めているのに対し、民主党が壁建設予算はビタ一文出さない、と抵抗しているからです。
でも前回話したとおり、そもそも中間選挙前の10月、まだ上院・下院ともに共和党過半数だったのだから、ねじれ国会ではなかったはず。そのときに何で予算を通さなかったのでしょうか?

これには、アメリカ議会に存在する、”あるルール”、が関係しています。

上院での可決には2/3が必要 !?

アメリカ議会は、上院・下院とも、過半数の賛成で法案は可決します。たまにニュース等の説明で、「上院は2/3の賛成が必要」と説明があったりしますが、正確に言うとそれは間違いです。上院・下院とも、法案の可決には、ルール上は過半数で大丈夫です。

じゃあ、なぜ中間選挙前の上院・下院両方とも共和党過半数だったときに、トランプ大統領および共和党は壁予算を含めた法案を可決しなかったのでしょうか?
そこで問題となるのが、上院にだけ存在する”あるルール”、これは”議事進行妨害”というものです。

上院にだけある特別ルール、議事進行妨害とは?

その名のとおり、「議事進行を妨害して投票そのものをさせず、法案を可決させない」というなんとも変な抵抗方法です。要は、法案は過半数が賛成投票すれば可決してしまうのですが、その前に、その法案に反対の人がその投票自体を妨害することによって、法案の可決を防ぐというものです。

日本でもたまに見られますが、”牛歩戦術”というやつです。日本では、法案の賛否を投票するときに、野党がわざと投票箱の前をノロノロ歩いて、投票を妨害する行為があります。

アメリカの上院の場合は、”議員が演説をしているときはそれを誰も妨げてはいけない”というルールがあり、このルールを逆手に取ると、演説を延々とすれば、誰も投票を開始できないわけです。そういう手段で議事進行を妨害することにより、投票をさせず、法案の可決を防ぐことができます。(実際は演説を続ける必要もなく、議事進行妨害を宣言するだけで事足ります。)

上院の定数は100議席(各州2名X50州)ですが、一人でも法案に反対する議員がいればこの議事進行妨害ができてしまうため、普段の上院では、事前に全会一致になるよう各議員の意見を調整してから採決に進むのが一般的です。
ところが、今回の壁予算のように、与野党完全に対立している法案だと全会一致などできるはずがありません。こういうときは全会一致を待たず強引に法案の採決に持ち込み、共和党過半数で可決したいところでしょう。でも、民主党はこの”議事進行妨害”をしてくるはずです。

もちろん、こんなやり方が延々とまかり通れば、法案は永久に成立せず、国は全ての業務がストップしかねません。なので、これを防ぐ法律もまた存在しており、”議事進行妨害行為の阻止”というルールがあるのです。これは、「上院の60/100の賛成で、議事進行妨害を強制的に中止できる」というものです。
つまり、上院における絶対安定多数とは、法案可決のための過半数ではなく、実質的にはこの”議事進行妨害を阻止”できる60/100ということになるのです。たまにニュース等で「上院は2/3の賛成が必要」と言っているのはこのことで、正確には60/100です。

このルールがあったため、中間選挙前の上院でも、いくら共和党過半数であっても60/100までは届かず、法案の採決をためらっていたわけです。

下院でも同じ手は使えないの?

ちなみに、下院ではこのような議事進行妨害行為はあまり行われません。それをやってもいいのですが、下院は上院に比べて議席数(議員数)が多く、演説時間に制限がかけられるからです。
従って、下院で議事進行妨害を行っても、その法案に反対であるという姿勢はみなに伝わる効果はあるものの、法案の採決自体を妨害することは難しいのです。

政府機関閉鎖を解くにはどうすれば?

2019年の年明けの議会では、昨秋の中間選挙で下院過半数を奪取した民主党が、さっそく下院で壁予算を除く予算案を可決し、上院に送りました。上院は昨秋の中間選挙後も共和党が過半数を握っています。民主党の戦略としては、「これで予算案が上院を通らず政府機関閉鎖が続けば、それは法案を通さない共和党の責任だ」とプレッシャーをかけたわけで、少しは折れるだろうと考えたのでしょう。

ところが共和党であるトランプ大統領は譲りません。
共和党の議員とて、民主党と同じくともに皆国会議員ですから、政府閉鎖が長引いて有権者である国民の反感を買うことはやはり好ましくありません。それに、日本の国会議員と異なり、アメリカの国会議員はそれほど所属政党の利害だけで動くことは少なく、したがって、必ずしも政府機関を閉鎖してまで壁予算にこだわっている共和党員ばかりではないはずです。
ですので、両党とも互いに妥協案を探っていたはずでしょう。しかしながら上院・下院ともに賛成され法案が可決しても、最終的に大統領が署名を拒否すれば法案は成立しない、ということもあり、大統領の権限が強いのが日本の首相制と異なる点です。これは”大統領拒否権”と言われるものです。

今回は、仮に共和党の議員の中で妥協案があったとしても、「壁予算を認めなければ絶対にトランプ大統領は拒否権を行使するだろう」という雰囲気だったのでしょう。なので、上院も安易に妥協案で法案を可決するわけにもいかず、予想以上に政府機関閉鎖が長引いていると考えられます。

この後、どうなる?

ちなみに上院下院で妥協案を可決して、どうしても大統領が署名を拒否した場合は、再度法案を可決させるためには上院下院で2/3が賛成すれば法案は成立となります。あまりに政府機関閉鎖が長引き、これを良しとしない議員が増えてくれば、共和党議員の中にも造反が生まれ、最終的にはトランプさんの意向を無視して与野党の議員で妥協案を探り、それで法案を通す可能性も理論上はありえます。ただ、このシナリオで行くには大統領の面目を潰すことになるため、その時点で再度大統領を説得して、拒否権に行く前にその妥協案で可決させることになるでしょう。

他のシナリオとしては、トランプ大統領が示唆している”国家非常事態宣言”です。
これは、「国家の非常時は、議会の採決を待たず予算を使うことができる」というもので、911テロの後などで実際に活用された法律です。この予算は、軍が軍事的な非常事態または自然災害対策用にプールしてある資金です。今年は未使用の予算が約13 Billionドル(1 Billionは10億。日本円で約1兆4千億円)あると言われ、そのうちの5 Billionドルを壁建設予算に充てられないか、と大統領は目論んでいるわけです。

トランプ大統領は、”メキシコからの不法移民流入が国家の非常事態だ”と解釈することで、この非常事態宣言を行い、議会の承認無く壁を建設しようという作戦です。
ただ、現在メキシコと戦争をしているわけでもないのに、”非常事態宣言をして予算を勝手に使うのは大統領権限の乱用ではないか”という議論もあり、実行すれば訴訟沙汰にもなりかねません。ホワイトハウス内の弁護士も、この作戦が違法ではなく通用するかどうかを目下検討中です。
ただあまりに強引な手段でもあるため、トランプ大統領自身もまた、この非常事態宣言は時期尚早と言っています。”いずれこういう手段もある”ということで民主党を揺さぶっているのでしょう。

実際に非常事態宣言の予算を使わなくても、とりあえず国家非常事態宣言を出して形だけトランプ大統領の顔を立て、壁予算の執行はそれから再度与野党で調整していく、という考え方もありかもしれません。そうすれば、大統領としては「非常事態宣言までして壁建設を実行しようとした」ということで面目が立ちますし、民主党としては「あくまで私たちは最後まで壁建設を反対し、大統領が非常事態宣言という禁じ手を使っただけ」ということで面目は保てます。

そんな感じで、両党互いに揺さぶりをかけているものの、普段なら最終手段と言われている政府機関閉鎖をすでに思ったよりも長引かせているため、今さら安易な妥協案でまとめたら、共和党にとっても民主党にとっても格好がつかない状態です。こうなるともう、両党ともプライドというか意地の張り合いです。
共和党はとにかくその頂点にいるトランプ大統領が「壁予算が認められなければ絶対に法案は通さない」って姿勢だし、民主党はトランプ大統領の独断的判断が民主主義への挑戦だと思っているフシがありますので「壁予算は絶対にビタ一文ださない」ってゴネるものだから、そのしわ寄せはまずは政府職員、国民、そして、せっかくアメリカに来てくれた観光客にツケが回ってきているというわけです。

どこで間違えた?

そもそも両党ともここまで揉めるとは思っていなかったでしょう。どこかで妥協案を探れると思っていたのですね。
ここまでくると、両党ともちょっと作戦を間違えた感は否定できません。
共和党としては、中間選挙前に形だけでいいから下院だけ壁予算を通しておけば、「政府機関閉鎖は、あのとき上院で反対した民主党の責任だ」ということで、民主党から妥協案を引き出せたかもしれません。
民主党もまた、少しの壁予算を認めて早々に手打ちをする作戦だって取れた可能性があります。予算法案は壁予算だけの話ではありませんから、壁予算で妥協した分、他の予算分野や他の法案で自分たちに有利な取引も迫れるわけですから、妥協が必ずしも自分たちの不利益になるわけではありません。

全議員100%完全一致など無理なのですから、政治は往々にして、そのような妥協と取引でいくのが一般的です。

議会ルール変更のきっかけになるかも!?

今回の予算がなんとかまとまったとしても、今回の出来事がきっかけで議会ルールは変わるかも、と個人的に感じます。

今回の予算案が通らない背景にある、上院の”議事進行妨害”ルール。近年、このルールの乱用で法案の可決が遅れることが多く、実は問題視されていました。いよいよこの変なルールを取り除く時期に来ているかもしれません。

そして”国家非常事態宣言”のルールについても、今回のように政治利用されることを想定していなかったでしょう。非常事態の範囲の定義がもう少し狭まるかもしれませんね。

Washington DCの現在は?

DCは州ではなく連邦政府直下の街ですが、実際はDCの自治で運営されています。ですので、政府予算が無くてもすぐに行政サービスがストップすることはありません。公共交通機関も家庭ゴミの収集もいつもどおりです。ただし、国立公園であるナショナルモールやリンカーン記念堂などのゴミ箱は国の運営なのでゴミだらけ...でもこれは収集が再開されたとのことです。(政府予算ではなく、国立公園の独自予算を充てている模様 。)

例外的にDCの行政サービスで閉鎖されてしまったのが、DCのMarriage Lisenceのオフィス。ここは政府の予算で運営されていたようで、政府機関閉鎖後しばらくの間、DCでは結婚の届出ができなかったのです。これもDC自治政府が代わりに予算を充てて、どうやら再開したようです。

でもDC市民としては、政府職員でなくてもぼちぼり解決してほしいのがホンネです。
なぜなら、DCは連邦職員がたくさん働く街。彼らがが出勤停止だと、お店もガラガラ、市営の地下鉄・バスもガラガラ、スミソニアン博物館も閉鎖じゃ観光客も来ない...DCの経済に影響を及ぼしているからです。

さて、このところタイムリーとはいえ少し堅い話が続きましたので、この話はもうおしまい。

次回はまた柔らかい話に戻そうと思います。

この記事の著者

編集部 チーフライター Mr. Richie
人生とは面白いもので、齢(よわい)40をすぎて突然アメリカで生活することになりました。海外初心者の私ですが、本ブログ唯一の男性ライターとして、ちょっとウンチクになるようなものも紹介したいと思ってます。

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